『谷中ねこ散歩~猫の聖地を歩こう』 谷中散歩編 禊教

『谷中ねこ散歩~猫の聖地を歩こう』 谷中散歩編
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(前半のトルコレストランで、皆にこねくりまわされたジャンヌ)

以前ご紹介しましたが、猫YOUさんが、6月15日に『谷中ねこ散歩~猫の聖地を歩こう』という企画をして猫のオフ会をした。ランチ時にトルコレストランで集合し食後谷中墓地散歩というコースのイベント。
前半のトルコレストランでの楽しいイベントはご紹介しました。今回はその続編です。
食後の「谷中墓地、猫探索散歩」です。その中で、ジャンヌの祖先のお墓にも寄って頂くことにしました。

全員1500DSCF2469
猫ジャンヌとジャンヌの秘書はこの企画を聞いたときとても驚いた。
猫YOUさんが使った言葉「猫の聖地」。ジャンヌたちのファミリーにとっても、谷中は聖地であります。
運命的なものを感じました。

正面DSCF5191
(谷中の中に、陵のように高くなっているところがある。)

実は、谷中は私たちにとって特別な所、祖先・親戚が眠っているところ。しかもただのお墓ではないのです。

斜めからDSCF5188
(奥行きもある)

祖先のお墓の敷地の隣に大きなお墓。 実はこの大きなお墓は神道13派あるうちの一つ、神道禊教。
実は、祖先のお墓は、この一段高くなっているこの鳥居の中にあります。

中DSCF5196
(鳥居をくぐると こんなに広い)

鳥居をくぐり、中に入ると、江戸時代にこの禊教を唱えた井上正鐵先生のお墓があります。禊教の大切な聖地。

おみきDSCF5175

(儀式)
こちらでは、10月18日毎年お祭りが行われている。

儀式後からDSCF5158
一般公開はされず関係者だけで行うもの。厳かに行っていた。

どうやら、この禊教、江戸時代に井上先生(幕府に仏教に対し異教徒として扱われ三宅島に流されてしまいました。)が唱えたが、記録によると明治時代になって正式に国に申請し、認められた公式な組織にしたのは初代総院長、実は猫ジャンヌの秘書の曽曽祖父の東宮千別が創ったそうだ。

(実は東宮千別のお墓もこの中にあったが、そのような伝統などに趣を置かない親戚の伊木家の人に、最後の東宮のおばさんがなくなたことをきっかけに管理者が代わり壊されてしまった。実は秘書は憤慨している。一昨年までは東宮のおばあちゃんが生きていたので名を引き続いでいればこんなことにならなかったのに残念。祖先が創った禊教を守ってくださっている禊教の方々に申し訳ない。)


参列DSCF5166
実は秘書もあまり詳しくは知らなかった。
子供のころから墓参りするときに不思議な墓ぐらいにしか思っていなかった。親戚の叔父さんたちの話からどうも祖先は隣墓地の禊教と関係あると小さいころから聞いていた。
父も亡くなった後思い切って、足立区にある梅田神明宮を訪ねた。

歩行1DSCF5127
(右側にさらに小さな鳥居がある。この奥がジャンヌのファミリーのお墓)

除籍簿(戸籍)を持って、梅田神明宮を不安ながら訪ねた。

不安な気持ちで足立区にある梅田神明宮に訪れたが、意外にも、末裔というとで喜ばれ秘書もびっくりした。
そして、このお祭りに招待してもらった。

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全員2500DSCF2470
猫ジャンヌはジャンヌの秘書の養女になったいたが、まだこのとき9か月だったので、谷中の墓地のお参りはしていなかった。
この日は、皆さまもジャンヌのご先祖様にご挨拶をしださった。感謝感激。ありがとうございました。

500曽祖父の墓DSCF2467
秘書と一緒に。 「おじいちゃん、ジャンヌです。あなたのひ孫の養女です。猫だけど立派な娘です。」

清水先生と500DSCF2463
東宮鐵真呂(東宮千別の長男)ちょっと、名前が違うんじゃないの?と思うでしょ。

500除籍簿
こちらが除籍簿(戸籍)
こちらは、猫ジャンヌダルクの秘書の祖父のもの。

appu.jpg
アップにすると、妻春子の父のところを見て、東宮鐵真呂 このお墓の名前です。


学習院百年史 背表紙IMG_0778
苗字が苗字だけに、えーってよく言われますが、東宮鐵真呂は明治時代、学習院の助教授でした。
学習院大学のライブラリーで伺うと、皇室が東宮を使いだしたのは明治から。東宮(とうぐう)でもおかしいことはないそうです。そうです。栃木の真岡市小宅町の亀岡八幡宮の裏には、我が祖先のお墓、東宮のお墓が沢山あります。
(神道禊教の前も、そのまた祖先たちは神道関係者です。)
時間表IMG_0763
明治の時代に、公家のご子息などを学習院で教えていたのですから、勝手につけた苗字ではありません。明治政府も認めていました。
乃木将軍にも懇意にしていただいたそうで、この学習院の後陸軍士官学校で教えていたとも聞いております。

500名前ごとの辞令簿詳細IMG_0754
先日、ある凄い方のご紹介とご協力を頂き学習院に行って、証拠が残っているか調べて頂きました。
これらすべてが学習院にあるものです。こちらは、昭和に入って新しく整理したものだそうですが、助教授として辞令をいただいてますした。

名前
100年以上も前のことでも、学習院って凄いですね。ちゃんと保存しているんですね。感謝感激です。

500墓地の大きさ線路と比較
実はお墓の大きさを見て頂きたいのです。赤いので囲ってあるのが禊教。そしてその横に黄緑で円で囲っているのが、禊教設立初代総院長の東宮家、ジャンヌのファミリーのもの。右側にある矢印の長さが日暮里のJR8車線路分。すごい大きさで、子供の頃から墓参りしている秘書も不思議がっている。
しかし、明治まではそんなに繁栄していたのに、その子供たち子孫たちときたら何?、、情けない、、、。

坂田先生DSCF5181
この祭典に出席されていた、小淵沢の身曾岐神社の坂田宮司(代表)。明治設立後すぐにわが方と分裂をしたそうですが、元は同じもなのでこのお祭りに参加するそうです。小淵沢の神社す、ごく大きくてバチカンより広いそうです。http://www.misogi.jp/

あちらは、世襲制など組織構造などがしかりしているので、ずっと子孫が守ってきた。うちの方ときたら、、、3代目総院長(初代総院長の長男であり、猫ジャンヌの秘書の曽祖父は)は、総院長をしたり、助教授をしていたり、陸軍士官学校でおしえていたりと、猫ジャンヌの秘書と同じように好きなことばかりしていて子供たちに継がせる教育もしないまま終わってしまった。猫ジャンヌの秘書と同じ気が多いAB型だったのかな。(ちなみに猫ジャンヌの秘書の父親の兄弟=東宮鐵真呂の孫は皆B型)

坂田先生に、神道と、動物愛護をからめられないか猫ジャンヌの秘書は伺ってみた。
先生がおしゃるには、、「神道禊教では、動物の命も人間の命も、命の重みに違いがない」そうです。
その一言で、猫ジャンヌは嬉しくなりました。
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おお、東宮家の方

東宮家を調べていてここにたどり着きました。
私一昨日も益子町小宅(真岡市は覚え間違い)の亀岡八幡宮にお参りし、古墳群の南の東宮家墓所にもお参りしてきました。

亀岡八幡宮の今の宮司・横山仁美さんとも中学高校と同窓でして、先代の東宮さんのことは聞いておりました。
同級に小倉勝という人がいて、小倉家の墓所が東宮家の墓所に「間借り」している理由も今日除籍簿で判明しました。ありがとうございます。
これからも東宮家に就いて、とくに大宮司職に就いて是非調査執筆お願い致します。
私、「楽天ブログ」の「黒姫三四郎『往還句集』」で<大宮司家>をモデルに細々と「鎌倉物語」を連載しております。
今後ともよろしくお願いいたします。
突然の長文の書き込み、失礼いたしました、あしからず。
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猫 ジャンヌダルク

Author:猫 ジャンヌダルク
 新聞に出ました、日本初国会に入ったロビイスト猫のジャンヌダルクです。猫・動物を取り巻く環境は厳しい。運がよく優しい飼い主に恵まれた子たちはいいが、それ以外の子は、捨てられ、飢えと虐待、そして殺処分と本当に悲しい一生を送っている。
 元捨て猫ジャンヌダルクは、猫好きの秘書とこの問題に取り組み、できるだけ多くの専門家の方々にお会いしお願いし、改善案を模索し救済方法を見つけます。また多くの政治家ともお会いし関心をもって頂けるようお願いしていきます。
 そして最終的には『ジャンヌがお会いした著名人たち』という本を出版し、その売り上げで赤ちゃん猫の孤児院を作りたい。行政で殺処分されているのはほとんどが赤ちゃん猫、里親会に出せるまで育てば仔猫だと里親が見つかる可能性が高い。しかし3時間おきのミルクあげができず処分されている。
 ジャンヌはがんばります。応援よろしくお願いいたします。先日ある政治家にお願いしましたらアクセス数はと聞かれました。アクセス数が必要です。頻繁に見て下さい。また知り合いにも紹介してください。
 また、みなさま、何か良い案などありましらメールをください。
よろしくお願いいたします。ジャンヌダルク
memechanblog@yahoo.co.jp

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